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大阪高等裁判所 昭和55年(う)1365号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

原審における訴訟費用のうち、その二分の一を被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐賀小里、同佐賀義人共同作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官作成の答弁書記載のとおりであるから、これらをいずれも引用する。

控訴趣意第一点及び第四点、原判示第三の事実に対する事実誤認及び法令適用違背の論旨について。

所論は、まず原判決が、原判示第三のBに対する覚せい剤譲り渡しの事実につき、営利目的を肯認し、また原判示A子との共同正犯の刑責を被告人に認めているのは、事実を誤認したものである、というのである。

よって、所論に鑑み記録を精査し当審における事実取調の結果も参酌して検討するに、右の事実に関する原判決挙示の《証拠省略》に徴すると、貴金属商を営んでいたA子は取引先の倒産等により多額の損失をこうむったことから、知人に勧められるまま覚せい剤取引によって多額の利得を得ようと企て、仕入先も紹介されたので、かねてから同女と情交を結び内縁関係同様の密接な立場にあった被告人と相談のうえ、被告人に売先を見つけて貰う等その協力のもとに、覚せい剤を仕入れてこれを転売して利益を得ようとしたものであること、そして一グラムを代金一万一、〇〇〇円で仕入れて、代金一万二、〇〇〇円で転売する取引方法をとっていたもので、それは原判示第一の右仕入れた覚せい剤粉末約八〇〇グラムを順次売り捌いていった原判示B、同Cに対する譲り渡しにおいて、原判示第二のBへの譲り渡しについては一〇〇グラムを代金一二〇万円、原判示第四のCへの譲り渡しについては二〇グラムを代金二四万円で取引している(被告人及びA子としては、その数量は二〇グラムのつもりで譲り渡したもので、後日捜査官に捜索押収され鑑定のため計量した結果二五・四グラムであることが判明したものである)ことからも明らかであること、ところが原判示第三のBに対する覚せい剤粉末三〇グラムの譲り渡しは代金三〇万円の価格でなされており、その仕入値を割る対価で取引されているのであるが、右は右A子が宝石類、腕時計等の盗難にあい、そのため同女が右Bに売渡すことを約束して既に代金三〇万円(現金五万円及び額面金二五万円の約束手形)の支払いを受けていた腕時計の引渡しができなくなったので、その取引関係の決済に充てるため、右Bに対し一グラム当り一万円の割合で覚せい剤粉末三〇グラムの引取りを求め、同人に譲り渡すようになったものであることが、それぞれ認められ、また右覚せい剤の譲り渡しについては、右の如く仕入れた覚せい剤の売り捌きとして、右A子がその交渉や、覚せい剤の保管等主要な行為に当り、被告人は同女に協力する補助的立場で、譲り渡す覚せい剤の計量、小分け等の行動を分担していたものとはいえ、被告人は右A子と一体となって本件覚せい剤の所持、譲り渡し等の所為に及んでいたことがそれぞれ肯認される。

右に照らすと、原判示第三のBに対する覚せい剤譲り渡しについて、被告人は右A子と共同正犯の刑責を負うべきものといわざるをえないので、その刑責を否定する所論の主張は理由がないものというべきである。しかしながら右譲り渡しについて、その所為に及んだ右の如き経緯、その態様を考究すると、それは財産上の利益を得ようとする、いわゆる営利の目的に出たとするには疑問がある。なるほど右Bに対して譲渡した覚せい剤は原判示第一の、転売して利益を得る目的をもって仕入れた覚せい剤の一部であるところ、検察官はこのような場合営利の目的は一個の行為のみを捉えて理解すべきではなく、一連の仕入行為と売捌行為を全体として考察して決すべきであるとし、原判決も同旨の見解に立ち、たとえ当該行為自体において利益を得ていなくても営利性を認めることは妨げないというのである。

しかしながら、営利の目的は当該譲渡行為毎に個別的に考察すべきものであって、たとえ転売利益を得る目的で仕入れた覚せい剤の譲渡であっても、そのことから直ちにその譲渡のすべてについて営利性を認めるのは相当ではない。もっともその譲渡行為自体では損失であって利益を得ていない場合があったとしても、その後に同種の譲渡取引行為が継続されることが予測されていて、それによって前の損失を回復して利益を得ることを企図してなされた場合、すなわち将来の利益を得る方法として当該の損失のある譲渡をしたような特段の事情のある場合においては、その行為に営利性を認めることは妨げないものと解される。本件についてこれをみるに、右にいうような取引を継続して利益を得る見とおしのあった事情を認めるに足りる証拠はないから、原判示第三の譲り渡しの事実については営利の目的があったものと認めるのは相当でない。してみると原判決がさきに示した見解に従って右譲渡について営利の目的を認めたのは事実を誤認したものというべく、右誤認は判決に影響を及ぼすものであることは明らかである。論旨は理由がある。

なお、所論は、右覚せい剤譲渡の所為につき、右共犯者A子に営利目的があり、被告人がそれを認識していたとしても、被告人自身に利益を得ようとする自利目的がなかったのであるから、いわゆる身分なき共犯として覚せい剤取締法四一条の二・二項を適用すべきでないのに、原判決がその措置に出ていないのは、法令の適用を誤ったものであるというのであるが、右A子及び被告人とも、いずれも営利目的がなかったと認められることは前示認定のとおりであるから、もはや右主張についてはその理由の有無を判断する必要はないものと解される。

控訴趣意第二点及び第三点、原判示第四の事実に対する事実誤認及び法令適用違背の論旨について。

所論は、まず原判決が、原判示第四のCに対する覚せい剤譲り渡しの事実につき、被告人に対し右A子との共同正犯の刑責を認めているのは、事実を誤認したものである、というのである。

よって、所論に鑑み記録を精査し当審における事実取調の結果も参酌して検討するに、右の事実に関する原判決挙示の《証拠省略》に徴すると、原判示第三の事実に対する同旨の主張についての前示認定事実と同様、A子はその経営する貴金属販売業の損失を回復するため、一儲けするつもりで覚せい剤の密売をすることを企て、同女と内縁関係同様の密接な関係にあった被告人に相談し、被告人もこれを了承して、売り捌き先を見つける等同女に協力することになり、同女が主導的な立場にあって被告人は補助的な役割りを果していたとはいえ、両名一体となって行動していたことが肯認されるのであって、共同正犯としての刑責は免れないものというべく、これを否定する所論の主張は理由がないものといわざるをえない。

なお、所論は、右覚せい剤譲渡行為につき、右A子に営利目的があって被告人がそれを認識していたとしても、被告人自身に右行為によって利益を得ようとする自利目的がない以上、身分なき共犯として刑法六五条二項により覚せい剤取締法四二条の二・一項のみが適用され、同条二項を適用すべきでないのに、右に反する原判決の適条は、法令の解釈、適用を誤ったものである、というのである。

よって、検討してみるのに、右の事実に関する原判決挙示の関係各証拠によれば、右覚せい剤の仕入れ、その譲渡等の取引行為については、右A子が主導的立場にあり、被告人は補助的役割を果していたものであるとはいえ、両者が一体となって共同して財産上の利益を得ようと企図していたものであり、右A子のみならず被告人自身もその目的があったことは明らかであるから、被告人についてはいわゆる身分なき共犯として刑法六五条二項により覚せい剤取締法四一条の二・一項のみを適用すべき場合にあたらず、原判決が同条二項を適用処断しているのは正当であって、所論の如く法令の解釈、適用を誤った違法があるものとは思料されない。論旨は理由がない。

よって、控訴趣意第五点、量刑不当の論旨について判断するまでもなく、原判決は前記原判示第三の事実に対する営利目的に関する点について事実誤認の違法がありこの部分は破棄を免れない。そして右事実と原判決認定の他の事実とは刑法四五条前段の併合罪として一個の刑を科するのが相当な場合であるから原判決はその全部について、これを破棄すべきものである。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。

(罪となるべき事実及び証拠の標目)

原判決挙示の関係各証拠により原判示第一乃至第四の各事実(但し原判示第三の事実中「営利の目的で」とある部分を除く)を認定する。

(法令の適用)

原判決挙示の各法条(但し原判示第三の所為につき覚せい剤取締法四一条の二第二項を除く)と同一につきこれを引用する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瓦谷末雄 裁判官 梨岡輝彦 宮平隆介)

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